Jeu de Fils (ジュ・ド・フィル)は、いつまでも変わらぬ美しさ、愛らしさをもつ刺繍や手芸材料  
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フランスでのさまざまな手仕事を紹介していくIDEÉのページ

 
 

昨秋、フランスの刺繍好きなマダム達の集いで 必ず話題に上った映画がありました。その名も「Brodeuses=刺繍家たち 刺繍する女達」、日本公開時の邦題は「クレールの刺繍」といいます。心に傷のある二人の女性が 出会い、心を通わせて行く様子を 「刺繍」を通して描いた 静かな情熱を感じる映画です。 映画そのものの詳しいご紹介は http://www.cqn.co.jp/claire/ をご覧ください。

この作品で カンヌ映画祭国際批評家賞を受賞した女流監督  エレオノール フォウシェ 自身が 「まさに 針と糸からこの物語は生まれたの。」と語るように、彼女の祖母の「お裁縫箱」と「針を持つ姿」が インスピレーションの源となって生まれたこの映画では、 刺繍する女達の静かな時間が 映画の中で何度も繰り返し描かれます。

Jeu de Filsでは 映画の完成に大きな役割を果たした 一人の刺繍職人をご紹介します。彼女の名前は Nadja Beruyer (ナジャ ブルイエール)。フィルムの製作をはじめた監督は、登場人物にリアリティを与えるために何度も彼女のアトリエを訪れ、フォウシェ監督ならではの刺繍職人像を作っていったのでした。

ナジャは パリで活躍する 刺繍職人です。その履歴は 他の刺繍職人とは少し異なり、専門の刺繍の学校を経て職人になったのではありません。幼いころから刺繍が大好きだった ナジャは 趣味で刺繍を続けながらも、学業としては建築内装設計の道に進んでいました。

ところが、ある時、内装の仕事のためにパリのクチュリエの部屋を訪れたときに転機がやってきたのです。趣味という以上に自分のクチュールの世界への興味と情熱があることを改めて感じた彼女は ふたたび刺繍の世界にのめりこんでいきました。

あるとき クチュリエの家に出入りする彼女の刺繍した布の切れ端をみたクリスチャン・ラクロワから、「この布を刺繍した人に会いたい」という申し出があったのでした。そして ラクロワのアトリエでの仕事がはじまり、その後は彼女独特の刺繍世界に魅せられた人々からの注文が寄せられるようになりました。

独学での刺繍経験しかなかった彼女は、それらの引き合いの間に プロを養成するための刺繍学校にも通い、独自のセンスにテクニックの裏づけを得ました。彼女の仕事は多岐にわたり、オートクチュールの仕事だけでなく、パリ オペラ座の衣装、映画のための衣装、そして演劇やサーカス、さらには カトリーヌ ドヌーブや イザベル ユペールといった女優のドレスなどを製作しました。

職人の仕事は 体にも厳しく、孤独との戦いだと彼女はいいます。

「デザイナーが描く一枚のシンプルなデッザンには 5000通り以上もの解決法があるはず。その中から デザイナーや演出家の望む方法を汲み取ることが 刺繍の技術以上に必要なこと。その上で自分の表現方法と、相手の望むことを最も美しい形で合わせて表現することが 刺繍職人には必要なの。」

そうして 長い時間をかけて 丁寧に作り上げた彼女の作品は すべて注文主の手に渡り、現在ただの一点も彼女の手元には残っていません。「刺繍職人はまさに 陰の仕事なのよ」と彼女が言う 由縁です。しかし そういった職人たちこそが 長らくフランスの舞台や映画、そしてオートクチュールを支えているのです。

数年前より 彼女の仕事はまた新しい転機を迎えました。職人たちが フランスの舞台や映画を支えていた裏側には フランス政府による 職人たちへの手厚い援助がありました。インターメディエールと呼ばれる 舞台や映画などの裏方仕事には 仕事の引き合いに大きな波があります。そのような職人たちの生活を支えていたのは政府による補助金でした。しかし フランス政府がその支給を廃止したため職人たちは 注文を待つだけではなく、自分達で仕事を作らなくてはならなくなったのです。

ナジャは 注文制作の合間に オリジナルの刺繍作品を作り始めました。誰の依頼によるのでもない 独自の作品作りに彼女は夢中になりました。それらの作品が映画 「クレールの刺繍」の中で使われています。彼女独特の刺繍による表現方法は ”アート”としての 評価を徐々に得るようになってきました。ナジャ自身も この”自由な”刺繍を ほんとうに楽しんで刺しているようです。

「40人以上もの職人が 何ヶ月もかかって一枚のドレスを仕上げるような時代は終わったのよ」と彼女は 断言します。

過去を振り返るタイプでないナジャは、現在の刺繍家のあり方に 満足しているといいます。しかし、すべての職人が ”自由な刺繍”で うまくいくわけではありません。時間と手間が充分に必要な仕事には厳しい時代です。彼女自身は現在のスタイルに満足している一方で、いわゆる前時代的な方法を懐かしんでいる部分もあるようです。

「この型紙をみて。これはたった2週間の舞台のために私が1ヶ月以上かけて作った舞台に置くソファのための刺繍の型紙よ。これと 同じ模様のドレスも作ったわ。」 手の込んだ 巨大な刺繍の型紙です。「ちょっと大変過ぎる話しよね、だけど そのソファときたら それは それは 美しくて 輝いていたわ! そろいの衣装もよ。その舞台にその椅子が登場すると・・・・!」と 思い出しても興奮するという様子で彼女話し続けます。

すばらしい技術を持つ刺繍職人たちが 自由に作品をつくる機会が増えてきたことはよいことなのでしょうが、”注文制作”にしかないある意味で抑制された、美しさ、完璧さ追求することは 注文主にとっても職人にとっても難しくなりつつあります。舞台の一部分を担っていたり、ドレスの一部分だったりする 重要だけれども、そこにスポットライトのあたることのない仕事を楽しみ、かつ十二分に力を発揮する職人は明らかに減りつつあるようです。

それでも ナジャは自分自身の作品を作ることを楽しみ、その作品を評価される一方 裏方といわれる仕事にも力を注いでいます。そしてまた 将来の刺繍家を育てるべく、服飾学校で刺繍を教えることにも力を入れているそうです。常に前向きに 刺繍することに向き合っているのが ナジャなのです。

「この糸の色をみて、この 美しいビーズの輝きを!」 と 宝箱のようなアトリエで お気に入りの糸や石を手にうっとりと語る彼女は 小さな女の子のようです。とうとうと次の作品のイメージを語る彼女は とても無邪気で、空想を追いかけ、まさに夢を見ているような表情ですが、ふと目を落とすと 彼女の手は これ以上ないほど正確に、何もかも悟ったような落ち着きで糸と針を導いているのです。その手の確かな動きは、彼女の自信であり、情熱です。

映画「クレールの刺繍」で そんな彼女の手を ぜひご覧になってください。
刺繍する情熱が きっと みなさんに伝わることでしょう。

 

(reported by Aki in Paris / 2005年7月20日)








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